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求人倍率二十倍の市場では、「出せば来る」は起きない
歯科衛生士が採用できないとき、原因を「時給が低いから」だと考えがちです。条件は大切です。けれど、それは最低限の話です。同じ市場、同じエリアの相場には合わせる必要がある。ただし、それは大前提であって、応募が来ない本当の理由は、たいてい別のところにあります。求職者に、その医院で働く姿がイメージできていない、ということです。
いま、歯科衛生士の新卒求人倍率は二十倍を超えています。求人を出せば来る、という市場ではありません。この環境で応募を集めている医院とそうでない医院の差は、金額ではなく「情報」と「導線」にあります。この記事では、採用をマーケティングと同じ構造で捉え直し、応募が来ない理由と、明日から見直せる順番をお伝えします。
まず、構造を数字で見ていきます。歯科衛生士の免許を持つ方は全国に約三十二万人。そのうち実際に働いているのは約十五万人で、半数以下と言われています(厚生労働省 衛生行政報告例)。新卒は年間およそ六千六百人。これに対して歯科診療所は約六万六千施設あり、新卒の求人倍率は二十三倍前後で推移しています(全国歯科衛生士教育協議会の調査)。
求人倍率二十三倍とは、求人一件あたりの新卒が〇・〇四人しかいない、ということです。「うちに魅力がないから応募が来ない」と落ち込む先生がいらっしゃいますが、正確には違います。ほとんどの医院に、応募は来ていません。魅力の有無以前に、求職者の数そのものが足りない市場です。
だからこそ、少ない求職者の目に留まり、選ばれる医院になるための「伝え方」と「届け方」が、そのまま採用力になります。私は歯科の中の人ではありません。マーケティングの世界から来た人間として言えば、採用とは、求職者という「お客様」に選ばれるためのマーケティングそのものです。
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応募が来ないのは、待遇だけの問題ではない
同じような条件でも、応募が集まる医院と、集まらない医院があります。給与も待遇も同じだとして、どこに違いが出るのか。それは、情報です。どんな院長で、どんなスタッフがいて、どんな一日を過ごすのか。それがわからない求人には、人は不安で応募できません。
来ないのではありません。応募できないのです。
先ほどお伝えしたとおり、給与などの待遇面は、そのエリアの水準に合わせることが大前提です。日本歯科衛生士会の勤務実態調査では、転職理由の第一位は「給与・待遇」で、四割を超えています。ただし、ここで求職者が見ているのは金額の高低だけではありません。はっきり書いてあるかどうかです。基本給の幅、昇給の条件、賞与の実績、残業の実態。「経験・能力を考慮」とだけ書かれた求人は、比較の土俵に上がれません。比較さえ、されないのです。
金額で勝てないなら、透明さで勝つ。これが一つ目の見直しどころです。
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求職者が本当に見ているのは、「長く続けられるか」
待遇でよほどの差を他院とつけられるなら別ですが、現実問題として、そんなことは起きません。相場水準に揃っていれば、そこはいい。そのうえで、別の要素が効いてきます。
歯科衛生士の九十九パーセントは女性です。そして転職経験者の割合は七割を超え、複数回の転職も当たり前の業界です。つまり求職者の多くは、一度どこかの医院を辞めた経験を持っています。辞めた理由の上位にあるのが、出産・育児などの家庭事情と、人間関係です。
だから求職者は、給与と同じくらい、「この職場は、長く続けられそうか」を見ています。スタッフの雰囲気、教育の仕組み、休みの取りやすさ、産休・育休から戻った人がいるかどうか。数字ではない部分こそ、丁寧に見せる価値があります。
もう一つ、見落とされがちな数字があります。転職者の約半数が、「求人情報と話が違った」ことを理由に、入社後の不満や辞退につながったという調査結果です(エン・ジャパン調べ)。よく見せようとして盛った求人は、入職後に跳ね返ります。見せるべきは、良い面だけではなく、正直な全体像です。
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実態以上に良く見せた求人は、ミスマッチを生む
ここは、採用でいちばん壊れやすいところです。医院を実態以上に良く見せること。これが、ミスマッチを生みます。そしてミスマッチは、採用の失敗というより、不幸の始まりです。
たとえば、院長や上司の言うことに従順で、指示されたことをきちんとこなしてくれるスタッフを求めているとします。その医院が求人に「自分の判断で、いろいろなことにチャレンジできる環境です」と書いたら、どうなるか。入職した方は、院長や先輩の指示のもとで動く場面に出会った瞬間に、「話が違う」となります。悪いのは、どちらでもありません。合っていなかっただけです。
ミスマッチを防ぐことは、一人でも早く人が欲しい医院にとっては、遠回りに聞こえるかもしれません。けれど、合わない方を採用したあとに起きるのは、トラブルと、その後始末です。教育に使った時間も、求人にかけた費用も、そこで一度ゼロに戻ります。そして、残ったスタッフの負担と空気に、そのまま跳ね返ります。
どんな医院を目指し、どんなスタッフに来てもらい、どんなふうに働いてもらいたいのか。ここを先に言葉にして、そのまま出す。ある意味、恋愛や結婚と同じです。後からわかって不幸になることを防ぐには、最初の段階で、お互いが正直でいるしかありません。価値観や考え方が合うのか、お互いの利害が交わるのか。それを採用の段階で確かめ、ちゃんとマッチングさせること。これこそが、費用も時間もリソースも無駄にしない、いちばん賢い採用です。
「うちは、こういう医院です」と正直に書いた求人は、応募数を減らすことがあります。それでいいのです。減っているのは、どのみち続かなかった応募です。
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いま働くスタッフが、最強の採用資産
もっとも説得力があるのは、いま働いているスタッフの声です。なぜこの医院を選び、続けているのか。その一言は、どんな求人文句より信頼されます。患者さんが医院を選ぶとき、ホームページより先にGoogleの口コミを見るのと同じ構造です。求職者も、医院の発信より、そこで働く人の言葉を信じます。
日頃からスタッフが働きやすい環境をつくることが、実は、いちばんの採用対策になります。前回、リコール率の記事で「新規の獲得は、既存の維持の五倍のコストがかかる」とお伝えしました。採用もまったく同じです。一人辞めれば、求人費用と教育の時間がそのまま失われ、残ったスタッフの負担が増え、その雰囲気がまた次の離職を生みます。定着と採用は、地続きです。採れても辞める医院に、採用のノウハウだけを足しても、穴の空いたバケツは塞がりません。
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見学を、「選考」ではなく「体験」にする
人間関係と教育体制は、求人票では伝わりません。伝わる場は、見学です。ここを「面接前の形式」で終わらせている医院が多い。見学は、求職者がその医院で働く自分を想像できる、唯一の機会です。
見学に来た方には、院長ではなく、同じ立場のスタッフと話す時間をつくる。実際の診療の流れ、昼休みの過ごし方、新人がどう教わっているかを、飾らずに見せる。「話が違う」を防ぐ最良の方法は、入職前に本当の姿を見せておくことです。それで辞退されるなら、入職後に辞められるより、はるかに安く済みます。
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媒体と、応募までの導線を見直す
良い情報があっても、応募までの道のりが面倒だと、人は離れます。スマホで完結するか。問い合わせのハードルは低いか。求人媒体だけでなく、医院のホームページやSNSでも、働く様子が見えるようにしておく。求職者は、応募する前に、医院を調べます。求人票を見て、医院名で検索し、ホームページと口コミを見て、それから応募する。この順番は、患者さんと同じです。
ここでも、マーケティングの構造がそのまま当てはまります。求人票は広告、医院のホームページや採用ページは受け皿、スタッフの声は口コミ、見学は体験。広告だけ出して受け皿がなければ、患者さんが来ないのと同じで、求職者も来ません。
そして、反応の速さです。求人倍率二十倍の市場では、求職者は複数の医院を同時に見ています。問い合わせから面接日程の提示まで一日以上空けると、その間に他院で決まります。返信は当日、面接日程は複数提示。それだけで、応募から面接に進む率は変わります。
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対象を広げる——新卒の奪い合いから、復職層へ
新卒六千六百人を六万六千施設で奪い合う構図から、一歩降りる選択肢があります。免許を持ちながら働いていない、約十六万人の潜在歯科衛生士です。出産・育児で離れた方、ブランクに不安がある方。この層が求めているのは、高い給与よりも、週二〜三日の勤務、時短、ブランクを埋める教育、子どもの急な発熱に対応できる柔軟さです。
「常勤・新卒歓迎」だけの求人では、この層はそもそも応募の対象に自分を含めません。「週二日から」「ブランク歓迎・復帰研修あり」の一行を足すだけで、見える求職者の数は変わります。誰に向けて書いているかを決めることが、求人の第一歩です。
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原稿づくりは、AIで整える
伝えたい中身が決まれば、求人原稿そのものは、AIを使って手早く整えられます。ここは、以前の記事「歯科衛生士の求人原稿をAIで書く」で詳しくお伝えしています。まずは、見せるべき中身——条件の透明さ、続けられる根拠、スタッフの声、応募までの導線、そして自院の正直な姿——を用意すること。原稿は、そのあとの仕上げです。
応募が来ないのは、魅力がないからではありません。魅力が、伝わっていないだけです。そして伝える相手は、患者さんと同じく、応募する前に医院を調べる一人の人です。
財津 昇
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