01
ブランディングは「足し算」ではない
「ブランディングにも、取り組んでいきたい」。そう考えている先生方から聞かれる言葉は、だいたい決まっています。
「何をしたらいいですか」。
ロゴを変える。ホームページを一新する。SNSを始める。内装をリニューアルする。「何をするか」のリストが、次々と出てきます。
もちろん、それも、ブランディングの一つではあると思います。新しく何かを始めたい、という気持ちが先に立つのも、よく分かります。
ただ、一度立ち止まって考えたいのです。ブランディングとは、本当に、新しく何かを足す作業なのでしょうか。
私は、こう考えています。ブランディングの本質は、「何をするか」以上に、「何をしないか」にある。
02
「何でもやります」は「何者でもない」
ブランドとは、簡単に言えば、「この医院は◯◯である」という認識が、患者さんの頭の中に定着している状態のことです。
「あそこは予防歯科に強い」。「あそこは子どもが安心して通える」。「あそこは歯周治療がうまい」。一言で語れる特徴のある医院は、ブランドが成立しています。
逆に、「何でもやります。虫歯も予防も、審美も矯正も、インプラントも」という医院は、患者さんの頭の中に、「この医院はこれ」という印象を残しにくい。
「何でもやります」が「何者でもありません」になりやすい、というのは、そういう意味です。
だから、ブランディングには、足すことではなく、「これはやらない」と決める側面があります。
やらないことを整理すると、やることの輪郭が、はっきりと浮かび上がってきます。これが、引き算のブランディングです。
03
AIで「足す」のが簡単になった時代だからこそ
この引き算が、いま、かつてないほど大切になっています。理由は、AIです。
インターネットが普及し、AIが台頭したことで、多くの情報が——それも、役に立つ情報が——誰でも簡単に発信でき、誰でも簡単に受け取れるようになりました。
決まった手順を繰り返す機械的な作業も、次々とAIに置き換わっています。私の事業でも、コピーライティングの多くを、いまはAIが担っています。決まった型のある仕事から順に、この流れは進んでいく。税務や経理のような領域にも、その波は及び始めています。
だから、「一般的に、こうした方がいい」と言われていることをするだけでは、もう差がつかない時代になりました。
では、何をすることが、ブランディングになるのか。
私は、だからこそ「人」だと考えています。
一人ひとりの存在は、唯一無二です。もう少し言えば、人は誰でも、誰かにとっての唯一無二になれる。少しスピリチュアルな言い方に聞こえるかもしれませんが、これは、そういう話ではありません。事実だと思っています。
だとすれば、その院長先生が経営する歯科医院も、本来は唯一無二のはずです。
「こうしたらいい」という情報で医院を塗り固めるより、どこもやっていることを、できるだけそぎ落とす。そうして、その医院の唯一無二の輪郭を、浮かび上がらせる。この引き算の発想が、これからはとても大切になります。
安心してください。先生の医院は、唯一無二です。
04
THE DENTIST+が捨てたもの
私自身、THE DENTIST+というブランドを設計する過程で、多くの「やらないこと」を決めてきました。
たとえば、人を不快にさせるマーケティング。誤解のないように言うと、事実を伝えて緊張感を持ってもらう表現は、使っています。ただ、事実を誇張して、実際以上の不安を煽るやり方は、自分たちに禁じています。そして、緊張感を持ってもらったあとは、そこで終わらせません。解決策と、その先にあるベネフィット、希望やワクワクを、つねにセットにする。そういう文章構成を意識しています。
負の感情を煽って広げるようなマーケティングは、そぎ落としてきました。
このやり方は、短期的には数字を取れます。ただ、私たちが扱っているのは、ご登壇いただく講師の先生方が、人生をかけて築いてきたノウハウです。それを、不必要な煽りで売ることは、自分たちの品質基準に反すると考えました。
無料セミナーでの集客も、していません。開業当時は、ずっと選択肢にありました。それでも、手放しました。ノウハウの一部を無料で配り、本編へ誘導する。集客効率は高い。けれど、それは、講師のノウハウの価値を、自分から切り崩す行為でもあります。
キャラクター路線も、選びませんでした。「熱血系」「ぶっちゃけ系」「年収◯億コンサル」。SNSで目立つ演じ方は、いくらでもあります。ただ、歯科医院の経営というテーマを扱うブランドが、キャラクターで信頼される領域ではない。そう考えました。
手放すときには、どれも痛みが伴います。目の前の数字や利益を、自分から手放すわけですから。
それでも、手放したことで、THE DENTIST+の輪郭は、はっきりしてきました。まだ至らないところは多いと思います。それでも、「本物を届ける」「講師のブランドを大切にする」。その思いを、いま、こうして発信できているのは、先に、手放すものを決めたからです。
05
何を選ばないかを、先に決める
先生がご自身の医院のブランディングに取り組むとき、最初に考えたいのは、「何を選ばないか」です。
すべての診療科目を、同じ比重で打ち出さない。すべての患者層に、同じメッセージを向けない。すべてのSNSを、一度に始めない。
代わりに、自分の医院が最も価値を発揮できる領域を、一つ選ぶ。そして、それ以外は「やるけれど、表には出さない」と決める。あえて、引っ込めるのです。
予防歯科に強みがあるなら、ホームページの一番目立つところに、予防歯科を据える。虫歯治療もインプラントも行っていたとしても、それは診療科目の一つとして置いておき、ブランドとしては前に出さない。「うちは、予防歯科の医院です」。それくらいの気持ちで打ち出す。この決断が、ブランドの出発点になります。
そして、ここまで来ると、もう一つ、大切なものが浮かび上がります。美意識の一貫性です。
何を選び、何を選ばないか。何を良しとし、何を良しとしないか。それが一貫していると、「この医院は、こういう基準で仕事をしている」ということが、言葉にしなくても伝わります。
患者さんは、診療の内容だけを見ているわけではありません。空間の清潔感、スタッフの応対、掲示物の質、ホームページのトーン。あらゆる接点から、その医院の基準を、静かに感じ取っています。
すべての接点で、同じ基準が貫かれていること。それが、ブランドです。そして、その基準は、「何をしないか」を決めたときに、自然と浮かび上がってくるものです。
AIが、いくらでも「足す」を助けてくれる時代です。だからこそ、先生にしかできないのは、「引く」ことです。
何を捨てるかを、決める。そこから、先生の医院にしかない魅力と輪郭が、はっきりと見えてきます。
財津 昇
週に一通、経営のレターをお届けしています
「歯科医院 経営と学びのレター」——毎週日曜配信。経営者としての視点、学びを成果に変えるヒント、そしてAIを医院にどう活かすか。週に一通、お届けしています。
